|
私たち家族が住む町では、今でも余震が続き、不安な日々を過ごしています。そんな中でも、小さな喜びがたくさんありました。
十月二十三日午後五時五十六分。体を突き上げる様な揺れが突然襲いました。生後五か月の息子をあやしている最中のことです。とっさに主人の腕が私と義母の肩を押さえつけるように抱え込み、息子を守りました。長い長い地震――。一体いつまで続くのだろう。恐怖感がどんどん押し寄せます。
「落ち着け、外に出ろ。火、大丈夫か?足元に気をつけろよ」
ちょうど義父が車で帰宅し、私達は急いで後部座席に乗り込みましたが、車は余震の度にまるで船に乗ったようにグラグラ揺れます。揺れが収まったのを見計らって家へ入り、無我夢中で必需品を運びました。コートのポケットの中にまで詰められる物は詰め込みました。とにかく、息子だけは体調不良にさせる訳にはいきません。
ラジオを聞いていたら、突然息子が泣き始めました。時計を見ると授乳の時間です。
「出るかな。ショックで止まっちゃったらどうしよう」
息子もいつもと違う雰囲気を察してか、なかなか飲もうとしません。イヤなのかしら?それとも出なくなっちゃったの?冷や汗が出てくるのが分かりました。
もう一度あやして息子を落ち着かせてから、授乳クッション代わりに座布団を丸めて息子の背中に当て、乳首を息子の口に含ませるといつものツーンとした張りを感じました。ああ、よかった!母乳をあげられる!息子はおいしそうに飲んでいます。飲み終わると満足げにニッコリと笑って気持ち良さそうにウトウトしていました。
この笑顔を見て、本当に母乳育児をしてきて良かったと心から思いました。乳首が短い、硬い、分泌が良すぎてむせて飲めない。いわば壊れた蛇口の様だった私の母乳。疲労で何度諦めようと思ったことか。けれどもありがたいことにそんな欠点だらけの母乳でも、息子は一生懸命飲み続けてくれました。二人三脚で頑張ってきた努力が、今回のような思わぬ形で報われる結果となったのです。
ライフラインが止まっても息子の生活は出来るだけそれまで通りに維持しようと努力しました。真っ暗なリビングで懐中電灯をグルグル回して、
「ほぉら、UFO来たぞ〜!どうするぅ?」とUFOごっこをしたり、息子のお気に入りの『めだかの学校』や『とんぼの眼鏡』を替え歌にして歌って過ごしました。息子はいつもと違う遊びにキャッキャと大興奮!
「地震で真っ暗なのにこんなに楽しそうに過ごして良いのかしら?」
「いいんじゃないの?アハハ」
でもさすがに夜の授乳は、小さな余震が起きる度にドキドキしていました。
息子は大のお風呂好きです。でも良い水がないうえ、余震が怖くてなかなか入れられません。仕方ないので、起床後と排便後にポットのお湯を小さな洗面器に入れ、座浴をしていました。いつもは大きな洗面台にタップリのお湯を入れて座浴をするので、息子は
「何だかいつもと違うなぁ」
と言いたそうな顔をしていました。
親戚が山の汲み水を持って来てくれたので、三日目にようやく入れることが出来ました。コンパクトタイプのベビーバスは五か月の息子には小さ過ぎ、お湯の表面からお腹がポッコリと出て足がきつそうに曲がっていました。それでもお湯の中に息子を入れた瞬間、息子の顔がパッと輝き、泳ぐ様に手足をバタバタとさせていました。お湯がたくさん周囲に飛び散る程に
「これこれ!僕が待っていたものはこれなんだよ」
息子の笑顔がそう言っていました。
「お父さん、カメラ!こんなのめったにないからさ」
「え?ああ…おい、撮るぞ〜」
「しかしデカい腹してるなぁ」
「あら?見てよ!おへそに水溜りが出来てるよ!可愛い!」
みんな声を出して笑いました。あがり湯をかけ、着替えをして母乳をあげてから抱っこすると、ニコニコと満足そうに笑っていました。私の眼からは涙が今にも落ちそうでした。思わずギュッと息子を抱きしめました。髪からほんのりといい香りがしたので、胸いっぱいに吸い込み、涙が落ちない様にしました。本当に幸せでした。
小千谷では生後二週間にも満たない赤ちゃんが避難所生活を強いられ、お風呂に入れないために湿疹だらけになっているという話を主人から聞き、いいお湯で息子をお風呂に入れられたことに感謝する一方、避難所の母子には胸が痛みました。
後日、育児日記の「思い出の写真」欄に、久しぶりにベビーバスを体験した息子の笑顔の写真を貼りました。
いいことばかりではありません。親の不安を感じるのか、息子は夜中の授乳が復活し、抱っこしていないと眠れない時もあります。こんな災害の多い年に生まれた息子を不憫に思ったこともありました。でも授乳後に見せる笑顔で、不安も消えてしまいます。
今では歯も生え始め、コロコロと寝返りをうち、おすわりもできるようになった息子。着実に成長している姿を目の当たりにすると、余震になんて負けていられない!と思います。息子の存在こそ私たち家族のパワーの源、大切な宝物だということを今回の災害で改めて感じています。
|