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こども未来賞第13回>読売新聞社賞

読売新聞社賞
 〜「道草親子」〜

仲倉眉子
職業 絵本作家
住所 東京都

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 息子が生まれて新米ママになった時、友人がお祝いに育児書をくれた。熟読したあげく二つのことを重要ポイントとして受け取った。

  その一、母乳を飲ませる。その二、外気にあてる。

  たまたま遺伝子のせいか、ガリガリナインなのにあふれるほど母乳が出た。これは何といっても楽だ。お金も手間もいらない。あとはひたすら外気にあてる。

  ……というわけで、以後二人の子育て=子連れでそこら中歩き回る、という生活にどっぷりつかってしまった。

  まだ歩けないうちは乳母車に乗せて出かける。六か月くらいで息子はすでに乗り物がやたら好きらしい。近くの大船駅のそばの公園に行くと、すぐ横をカラフルな湘南電車が長い車体をひいて疾走する。横須賀線も通るし特急も通る。貨物車までゴトンゴトンと迫力満点に通る。一歳過ぎた頃には、すべり台のてっぺんに立って何十分でも飽きずに列車を見つめている。すべり台の鉄パイプを握りしめて。

  特急が風と共に走り去ったりすると、何故かブルッと身ぶるいする。もしやと確かめてみると、たいていおムツがぬれている。緊張が極度に達するのかしら。そのうちモノレールが開通し、乳母車の真上をいきなり走りぬけた時は、息子は仰天して思わず立ち上がり、もうすこしでころげ落ちるところだった。

  そんなことをやっているうちに、「赤ちゃんを外気にあてる」という殊勝な行動ではなく、「親子で面白いものを探しに出かける」という能天気な生活態度が家中にしみ込んでしまい、二年半後に生まれた娘は首もすわらないうちからブーブだのビュワン――新幹線のことです――に迎えられて乳母車の主となり、母子三人は友人たちにからかわれるほど年がら年中あちこちをうろつき回っては、変なところで何十分も立ち止まるという毎日を送ることになった。

  買い物帰りに建築中の現場でコンクリ土台を作っていればしゃがみ込んで見る。三十分も見ていると、左官屋さんも張り切って動きがオーバーになる。あげくに

  「坊や大きくなったら左官屋になるか?」

  「ウン!」

  魚屋さんがアンコウの吊し切りをやっていれば息をのんで見守る。八百屋さんがキャベツの外皮をポイポイむき捨てていれば手を叩いて喜んで見る。アリがせみの抜けがらを運んでいれば、穴まで行ったり来たりしながら世話をやいている。猫に会えば会話する。カタバミの種が実っていれば残らずパチパチとつぶす。

  なんてことをやっているうちに二人とも小学生になり、中学生になり……それなのに

  「代官山の古いアパートにうす緑色の桜が咲いているそうだから見にいこう」

  「大泉で気球を上げるそうだから……」

  「入間でジェット機の曲乗りを……」

  「神田川と妙正寺川の合流地点が落合なんだって。見にいこう」

  「出雲大社の柱が発掘されたそうだから……」

  やっていることの基本線が、どうも赤ん坊の頃と変わっていない。

  二人ともとっくに大人になってしまった今ごろ気づいたことだが、あのあちこち立ち止まった日々というのは、子供のために立ち止まっていたのではなく、子供の目にうながされて私の心が立ち止まっていたんだなと思う。

  子連れというので、どこでも人目をはばからず立ち止まれる。今でも娘と二人で歩いていたりすると

  「こっちの道行ったらどこへ行くのかな」

  「この花なんだろう」

  なんて、曲がったり、立ち止まったりを臆面もなくやっている。

  子供を育てるということは、子供の目を再び取り戻して、世界をもう一度あたらしいものとして見つめられるということだったのだろうか。

  おかげで今や一人で歩いていても

  「これは何かしら」

  と平気で立ち止まれる道草ばあさんになってしまったけれど。


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